近所の小戸公園で子供が殺されたとニュースを聞いて「母親が犯人だ・・・」と自分なりに確信していた。
福岡市では最近無差別に人を殺すなど、一昔前まで無かったような事件が幾つか起きている
今回のこの事件で犯人は母親だと私が強く思ったのは警察への通報時間と母親の行動だ。
私も毎日子供と接する時間が有り、小戸公園ではないが近所の公園を見たり通ったりもしている
■もしも子供と遊んでいて子供がいなくなったら・・・
私ならば、見当たらなくなって直ぐ周りの人に「子供がいなくなった・・・・」とは言うことは出来ないと思う
■もしも警察へ通報するのならば・・・
よく探した後辺りが暗くなってしまったら通報するかもしれない
※(私の行動が良いとは思っていませんのであしからず)
何より私が子供の頃とは違った事件が多発している事もそう思ってしまう要因になったと思う
親が子を子が親を殺める今の時代は何処へ向おうとしているのか・・・
自分の子供の首を絞める・・・私には分からない・・・分かりたくもない
苦しい事は絞めた母親も分かるはずだ
親のその腕は・・・手は・・・子供を殺す為に使うものではない
親のその腕は・・・手は・・・わが子を守る為のものではないのか
凶器と見られるストラップのひもを二重にして首を絞めた。
今回のこの事件の母親は色々な工作をやり、あたかも他に犯人が居るかのように振る舞った。
自分の病気が・・・・無理心中しようと思った・・・等と言い訳をしているが、人として許せる行為では無い
心中する気があれば犯行の偽装工作はしないし家でも出来る
しかし・・・この子にしてみれば・・・他の誰でもない、お母さんの手によって終止符を打たれた事は、ある意味では良かったのではないかとも思ってしまう・・・
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